こんにちは!
無理をしないカウンセラーの山本春野です。
いろんな人に大きな声で言っているので、ご存じの方も多いと思いますが、私は「いいひとになりたい」のです。
このブログのURLも『iihitoninaritai.com』なんですよ。
気づいてました?(笑)
「いい人」の定義っていうのも、いろいろあると思うんですよね。
『親切な人』
『人格者』
『自己犠牲の強い人』
『ニコニコしている人』
『都合のいい人』
『他者のことを心から考えられる人』
いろいろありますよね。
私、春野が定義している「いい人」は、ざっくり言うと「多くの人にヨシとされる人」に近いかなと思います。
……正直、かなり漠然としています。
でも、その中にはひとつ、割とハッキリした項目があります。
「人の役に立つことを率先してやる」
これが入っているんですよね。
そして、その派生として、
「頼まれたことを引き受ける」
という項目もある。
これがねぇ……。
なかなか厄介なんですよ。
心が弱くなったことをきっかけに、カウンセリングを受けました。
そこで「断ること」が、自分の心を守るために必要なんだと知りました。
今まで断れなかったことを断る。
「できません」
「今回はやめておきます」
「それは引き受けられません」
そう言うための勇気を持つ努力をして、少しずつですが、成功しています。
以前よりは、ちゃんと断れるようになってきた。
……なってきたんですよ。
でもね。
やっぱり、
断るって、めちゃくちゃパワー使う。
「無理をしない」って決めているのに、
「無理です」と言うことに、ものすごいエネルギーを使う。
なんということでしょう。
無理をするパワーより、断るパワーのほうが、はるかに大きい。
「いいひとになりたい」と思っている私にとっては、そりゃあもう、なかなかの修行です(笑)
それでも、少しずつ。
「いい人でいるために、自分を削らなくてもいい」
ということを、練習していきたいが、やっぱり断るパワーって無理するパワーをはるかに凌駕する( ;∀;)
『いい人』の見本
かつて、近しい人に「いいひとになりたいんだよね」と言ったところ、
「え~、絶対やだ! 都合のいい人ってことでしょ?」と言われて、本気で驚いたことがある。
この話をすると、結構な数の人が「いい人=都合のいい人」と捉えていることがわかった。
私の「いいひと」の定義の中に、「都合のいい人」は入っていない。
そもそも「いい人」というのは、他者がどう認定するかという話でもあるので、他人の定義は私の定義には関係ない。
……とはいえ。
私の「いい人」定義の見本となる人がいる。
その名も「しのちゃん」。
高校時代のクラスメイトだ。
卒業後は、まったく交流がない。
しのちゃんは、とても親切で、気が利いて、前向きで、行動力のある人だった。
たとえば、
・学校を休むと、次の日に「はい、これ昨日の授業のノート」と、きれいに清書したノートをくれる
・カバンにつけていたフェルトでできたニョロニョロをなくして悲しんでいたら、「はい、これ作ってみた」と、同じものを手作りしてくれる
・高校に陸上部がなかったので、陸上同好会を作る
・バンドでキーボードがいないから入ってほしいと頼んだら、すぐに了承してくれる
・いつでも笑顔で元気
・普段は前に出ないけれど、いざというときにはちゃんと意見を言い、その場を収めてくれる
・そして、嫌味がない
しのちゃん万歳!!(/・ω・)/
ほんとにすごい。
私は「こんなふうになりたい」と思った。
しのちゃんみたいに、親切で、気が利いて、行動力があって、人の役に立てる人になりたい。
……と思って、見習おうとした。
が。
ひとつもできないよね(笑)
そりゃそうだ。
できることも、性格も、感覚も、私とは違うのだから。
それに、私が見ていたのは、しのちゃんのほんの一部でしかない。
しのちゃんが何を考えて、どんな気持ちでそういう行動をしていたのかも、私にはわからない。
私が知っているのは、あくまで「私から見たしのちゃん」なのだ。
もしかしたら、しのちゃんは結構な頻度で頼まれたことを断っていたかもしれないし、相手によってはニコニコしていなかったかもしれない。
『嫌われる勇気』は機能せず
先日、会社で「私、いいひとになりたいんですよね~」という話をしたら、上長に、
「はっ? すでにいい人じゃん? それ以上、いい人にどうやってなるの?」
と言われた。
そう。
はたから見れば、私は「いい人」らしい。
まぁ、そうだよね。
真面目だし、仕事はせっせとやるし、できることならマックスまで「できません」とは言わない。
『嫌われる勇気』という本が流行ったことがある。
「いいひとになりたい」と願っている私は、もちろん『嫌われる勇気』が皆無(笑)
とにかく、他者から嫌われたくない。
不機嫌ハラスメントを巻き散らかしている人を見ると、ある意味「尊敬する人」のジャンルに入りそうになるくらい(笑)
「嫌われたくない」と強く思っていると、どうしても他人軸にならざるを得ない。
自分の意見を出せなくなることも多い。
だから、がんばって「嫌われる勇気」を持つ努力をした。
頼まれたことで、
「やりたくないな」
とか、
「これ、だいぶ無理しないとできないな」
と感じたら、断ることにした。
すると、初めて知った。
「断る」って、こんなにパワーを使うのか。
なんでもホイホイ引き受けるタイプだった私は、
「自分はイヤだなと思っている」
とか、
「これ、かなり無理してるな」
という自分の感情を麻痺させて、蓋をしてきたんだな、と気づいた。
どうやら私は、「嫌われる勇気」を行使するには、いい人過ぎたらしい(笑)
とんでもなく疲れてしまったので、結局、
「とことんまで人付き合いを縮小する」
ことで対応してみた。
一人で籠っていると、だいぶ楽。
家族以外と話さないって、とても楽。
楽だけど……
楽なんだけど……
つまらない。
わがままさん(笑)
大多数の人がフツーにやっていることなんだろうけど、私はどうやら「人付き合いの取捨選択」が、へたくそなんだろうな。
「いいひとになりたい」
「嫌われたくない」
この2つが、私の行動の基準になっているから。
じゃあ、どうする?
5周くらい回って、ようやくたどり着いたのが、この答え。
どこまでも自分基準で、相手の感情や機嫌までは考慮に入れない『いいひと』になる。
……なんだそれ(笑)
でも、今の私には、これが一番しっくりくる。
『嫌われる勇気』は持たない。
だって、嫌われたくないもん。
『いいひとになりたい』は、現状維持。
だって、「いい人」の基準は人それぞれだから。
相手が私をどう思うかは、もう、お任せする。
5周は回らないとたどり着けなかった、この境地。
よくがんばりました~ヽ(^o^)丿
それでも、「断る」パワーはかなりのもの。
無理をしない天秤が「断ったほうがいい」と掲げた答えをもって断ったとしても、しばらくは、
「チーーーーン……」
ってなっちゃう(笑)
でも、それもそのうち、時間薬が効いてくる。
「断ったから嫌われたかも」
「余計なこと言ったかな」
「感じ悪かったかな」
そんなことをグルグル考えてしまっても、時間が経てば、ちゃんと薄まっていく。
それを私は、少しずつ知ってきた。
だから、まずは自分の心に聞いてみる。
「私は、どうしたい?」
「これは無理してない?」
「本当はイヤじゃない?」
相手がどう思うかを考える前に、まず自分の心に聞いてみる。
これが一番だよね。
断ってきました
そもそも、このブログを書くきっかけになった『依頼』を、上の章を書き終わった段階で断ってきました。
実は私、この依頼を断るためのパワーを使いたくなくて、参加するかどうかを訊かれていたこと自体を、しばらく無視していました(笑)
要は、
「参加しますか? しませんか?
ぜひ春野さんには参加してほしいです!」
という、かなり熱心なアプローチがあったものを、見なかったことにしていたわけです。
「ちょっと今は、それに参加するパワーがないので……」
と、心の中で理由をつけながら。
ところが。
参加表明すらしていないのに、
「司会をお願いします」
という依頼が来た。
(@_@)
いやいやいや。
参加する元気がない人間に、司会はできないよね(笑)
かつての私だったら、
「困っていそうだし」
「人数が足りないのであれば……」
「他にいないのであれば、自分がやったほうがいいかな?」
なんて考えて、引き受けていたと思う。
でも今回は、5周回って着地したので、断った。
めちゃんこ、パワー使ったけど。
断るだけなのに、ものすごく疲れた。
私の中のエゴが、
「あ~あ~、きっと困っているよ」
「そんなんじゃ、いい人になれないよ」
「あとでなんか言われるんじゃない?」
「いや、今もう仲間内で言われているよ」
などと、ブチブチしゃべっている。
うるさい(笑)
でも、ここはもう、甘んじて受け取ろうと思う。
「ああ、そうですか。私は断りましたよ」と。
そして、夫に八つ当たりするか、ショートケーキかパフェでも食べることにします(笑)
……いや、夫に八つ当たりはやめておこう。
パフェにしよう。
あの会が盛会であることを、心から祈ります(^^♪

