今日の千葉は雲一つない晴天。気持ちがいいけど寒い。
人って大抵は『思考』を働かせて生きている。思考が回りすぎるといいこともあるけれど『本当の私』が感じていることを無視する傾向があると思っている。
ポジティブ思考はいいけど「なんとかなる!」というごり押しで「感じたい感情」を無視し続けると、得も言われぬ『不安』に苛まれることになったりもする。
気をつけて!
夜中にふと目を覚ました時、明け方の起き抜け…。
さしたる深い悩みがないけれど、そういう瞬間の不安感、虚無感を感じることがあるのであれば、きっと深いところで『感じたい』感情があるんだろうなと思う。
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さて、唐突ですが、うちの次男は学習障害があって、いわゆる「通級」と言われるクラスに通っている。
学習障害(LD)の生徒のためのクラスなので、学習補助をするのだけれど、それだけではない。
発達障害にはいろいろあるし、強弱もある。だからもしかしたらうちの次男には必要ないのかもしれないけれど、面白い課題をやってきた。
「ふわっと言葉と、ちくっと言葉を選びましょう」みたいなやつ。
この課題を見て、私は夫の言い方は「ちくっと言葉」が多いなと思った。
「なんでそういう言い方をするんだろう?」と思っていたけれど、とっさの言葉の選択肢がないだけなのではないか?と。
ともすれば「モラハラ気質」があるとも取れる。
または『モデルケース』がそれしかないのではないか?
心が傷ついてしまって、自己防衛のためにふわっとしにくくなっているのではないか?
大人の5歳児たるゆえん。
そういう言い方しか知らない。知らないことはないけれど『心の底にたまっている思い』みたいなことがそうさせるのではないか?と。
ふわっと言葉とちくっと言葉
こころがあたたかくなることば。いわれてうれしくなることば。
こころがしょんぼりすることば。いわれていやだなとおもうことば
例を出すと…
誰かが重い荷物を運んでいる時…
ふわっと:いっしょにはこぶよ。
ちくっと:はやくしろよ。
誰かが転んだ時…
ふわっと:だいじょうぶ?
ちくっと:なにやってるのよ!
誰かが通せんぼしている時
ふわっと:ちょっととおしてくれる?
ちくっと:どいてよ!!
誰かが失敗した時
ふわっと:次はがんばろう!
ちくっと:へたくそ!
こんな感じ。
何度言っても変わらない夫
夫はどうしてもちくっと言葉が先に出てしまうタイプ。
何度言っても変わらなかった。わかってはいるみたいなのだけれど、長年培った癖はどうしても抜け出せないものなんだなと思う。
先日も、長男が筋張った肉を嚙み切れずにそのまま飲み込んだら、喉に引っかかってしまって、吐いちゃった。
私もこういうドジっ子をするタイプなので「ああああ~大丈夫?吐いちゃえ!吐いちゃえ!」と言ったけれど、夫は例のごとく…
「なにやってんだよ!汚いな。集中して食べないからこういうことになるんだ!」とおっしゃった。
はい、ちくっとですね。
長男は自分でもびっくりしたってこともあったと思うけど、「うえーーーん」って泣いてた。(ちょっと可愛い小5)
ここでね、どうしても言いたくなるんだよね「そういう言い方はないでしょ??!」って。
最近はこういうシチュエーションの時に私はなにも言わなくなった。
諦めたわけでも、呆れているわけでも、静かに怒っているわけでもない。
夫はそうやって言われて育ってきて、それを正だと思っている。そういう言い方で注意をされた方が、次回から同じ失敗をして辛い思いをしないですむだろうと思っているのだろう。
知らんけど。
そんな感じに一旦は受け取ってみる。
今まではとにかく「私の正しい子育て法で夫を論破!!」方針でやってきたけれど、それでは私たちの夫婦関係が幸せな状態には保たれなかったんだよね。
夫の言葉で長男が傷ついたとしてもそれは長男と夫の問題だから。
線を引く。
でも、『正しさを主張』するのではなく「私はこう考える」という言葉は吐いている。一歩間違えれば「正しさ競争」になりがちがだから、言葉は選ぶ。
ふわっと言葉を使うように。
それでも私は言葉を間違えることもある。
夫がそれをどう受け止めるかは、もう私のコントロール外。
それでもコミュニケーションはしていくもの。根気よく。
ことばのドッチボールをやめて、キャッチポールができるように。
なぜこの課題があるのか?
そもそも、なんでこういう課題をLDの子にさせるのかはわからない。
ただ私の個人的な見解は…
学習障害なり、発達障害のある子は『注意』されることが多いのではないかな?と思う。
否定の言葉を受ける機会が多いというか…。
平均よりできない。感情が先走ってしまう。言葉にうまく表せない。
こういう特性があるから、大人側に「なんでそうなるの??」という疑問がわく。
「普通」になって欲しい思いもある。苦労して欲しくない、辛い思いを避けてほしいという愛情も強い。
ちくっと言葉をかけてしまうことが多くなる傾向があるのではないかな?と思う。
人は、子どもは、自分がかけられている言葉を人にかけがちになると思うんだよね。
自分が言われたとしても、言葉の選択肢は他にあるよお知らせするための課題ではないかと思う。
ちくっと言葉を使ってしまうのは『自己防衛』の一つでもあると思う。
あくまでも私の個人の見解だけれども。
ちくっと言葉じゃなくて、ふわっと言葉を選ぶのはもちろんのこと、相手が「ちくっと言葉」を使うのはなんでだろうな?と一瞬考えてみてもバチは当たらない気がする。
先日の長男のゲボっと事件の時は、夫は「言っちゃった…」という思いが強かったのか、そのあとやけに饒舌だった(笑) 。
次男に一生懸命話しかけて、完全無視されていた…。
我が家はいつも会話のドッチボールww。
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私は心の勉強をして、カウンセリングを受けて、視野が広がって来た感じあります。
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