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学歴コンプレックスの塊だったな~ 私もついでに備忘録

諸事情あって実家にいる。実家はちょっと標高の高い場所にあり、涼しい。そしていわゆるログハウスなのでなんとなく居心地もよい。

しかし、両親の趣味?で網戸がない。だから虫天国…。結構ファンキー。今の季節はまだいいが、夏はかなりファンキー…。自然と共に暮らす感が半端ない。

そして蠅がすごい。今も私の周りをブンブンブンブン…。ああもう!!五月蠅い!!!と叫んで、おお~この漢字…すばらしい漢字だと感心しきり。七月蠅い!!だけどね、今だったら。

あまりにうるさすぎでこんな冒頭になったが、今日は仲間のカウンセラーの記事がとても心に響いたので、学歴コンプレックスとか、私がほんとうにやりたいこととは?をちょぴし考えてみた。

あくまでちょっぴし(笑)

学歴コンプレックスとか頭悪いコンプレックスとか

こちらはその記事↓

私も長い間『学歴コンプレックス」があった。私は高校卒業後演劇学校に行っていて、一応専門学校卒になる。それに関しては何も後悔はないのだが、色々あって「就職しよう」と思った時に、驚くほどに書類選考に通らない。

やっとこ、面接にたどり着いたと思ったら「時間は守れる?」とか「突然休んだりするんじゃない?」とかそういう「そういうこと(芝居)やってたってことは色々社会性ないんでしょ?」と言われた。

っていうか、2社だけ。たったそれだけなのに私はあの時「世界全部がそう思っている」と思い込んだ。

芝居をやっていたというだけでこういう偏見に会うのだ!と思い込んだ。

で、経歴詐称した。いや、正確には役者はやっていませんという体にした。学校の名前が『舞台芸術学院』という名前だったということもあり、「裏方の勉強をしていました」ということにした。だからどうということでもない気もするけれど、少し手も印象をよくしたかったのだと思う。

で、パソコンスキルも何もないのに「パソコン使えます」とこちらは本当にに『嘘をついて』派遣社員として働き始めた。

会社はとてもいいところだったけれど、普通の会社でやっぱり大卒と高卒の違いを目の当たりにして、衝撃を受けた。一緒に働いてた女性が色々この社会の理不尽を教えてくれた。

高卒だとどれだけ仕事ができてもお給料が低いこと。ある一定までしか出世できないこと。
女性の総合職はただの飾りモノだということ。
女は結婚するとなんとなく「退職」を促されること。

本当に昔ながらの会社だったので、今は絶対変わっていると思うけれど、私がそこで働いていた20年前は本当に差別と偏見がまかり通っていた。

で、私はそれを見てなんか一念発起してしまった。学歴(とはちょっと違うかも)コンプレックスを排除するために、アメリがの大学に入った。

で、そうすれば『学歴コンプレックス』は解消されると思ったら…

されないんだよね。今度は「大したことのない大学」と思うのよ。

どんなに「アメリカの大学すごいね」と言われても「いや、誰でもはいれる5流大学だから」とか言っちゃう。いかに自分が頭悪いかを力説したりして…。

なんだろうね?

心の癖かなぁ~。自分を自分が認められない何かがある。

それを認めてしまったらなにが起きると思っているんだろう?
何を恐れているんだろう?

完璧主義?大卒だったら「これくらいできなきゃいけない」っていう自分で自分に課せた縛り?

大卒だろうとなんだろうと、私は私でなにも変わらないんだけどね。

だけど、社会的には絶対差別や区別ははなくならないだろう。だからといってそれに自分も乗っかって、自分で自分をジャッジしなくてもいいんじゃないのかな~。と思う。

○○だからという足かせ

大卒だから、高卒だから…
母親だから、正社員だから…

色々足かせにつながれて生きている。それをすべてとっぱらって生きている人もいる。

こういう「○○だから~」という足かせをはずすには、やっぱり自分軸ってことになるのかな。

「私はなにがしたいのか。どうしてそれがしたいのか」

ということ。

それの一念があれば自分軸はブレないんだろう。
「でも!」「やっぱり!」という思いはなにを基準に考えているのか?

高卒だから就職ができない。
大卒だからもっとできなきゃいけない。
アメリカの大卒だから英語を使って仕事しなきゃいけない。

いや、その前に「それがしたいの?どうしてそれがしたいの?」という問いを自分にしていくとわかりやすいかもね。

今日のBUMP OF CHICKEN

信じた言葉が
力を失くしても
自分が自分を
認められなくても
集めてきた星が
砕けて消えても
そこからここに響くよ
真っ直ぐな道で
迷った時は
それでも行かなきゃ
いけない時は
僕の見たかった
欲しかった全部が
君の中にあるんだよ

♪流星群 作詞:藤原基央

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