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自分の世界は自分が作っている/すべての問題は自作自演③

もじゃもじゃ頭のカウンセラー 山本春野です。どうぞお見知りおきを。

全ての問題は『自作自演』ということは、あれもこれも私が起こしたってことなの?!(怒)

とか

全ての問題は『自作自演』ってことは、やっぱり私が悪いんだ…(泣)

とか

全ての問題は『自作自演』か…そう考えるとすべて腑に落ちるな(楽)

とかいろんな反応があると思う。

この問題に関しては怒りが湧くけど、これに関しては自分責めしちゃうってこともあるかな。ケースバイケースってことだ。

さて、今日はこの2つをテーマとして記事を進めていきたいと思う。

① そもそも問題とは何か?
② 今その問題に向き合う時なのか?

そもそも問題とは何か?

問題というのは、悩みであったり、人生のテーマであったり、そういったことを総称して『問題』と言う。

同じ事象が起きても、Aという人は問題視しないのにもかかわらず、Bという人にとっては大問題だったりする。ということは問題とはどういうことなのか?

そもそもその問題がなぜ問題だと認識されるのかということを説明したいと思う。

人はだれでも『自分』というものを持って生まれてくる。この『自分』をセンターとしたいけれども、人は生まれ落ちた瞬間からこのセンターから少しずつずれていく。

この『自分』はもともと持っている気質とか、自分らしさということが近いのかなと思う。

発達心理学や、行動主義心理学においても、人が人生のすべての局面で、どういう経験をしたかによって、その人が形成されていく。

赤ちゃんのまま大人になっている人はいない。

今までの人生でいろんな経験をしたからこそ、もともとあった『自分』からずれていく。そうしないと、家庭や社会に合わせて生きていくことが難しかったからと言える。

短絡的に言えば、そうしないと『社会生活』が送れなかったとか、「愛されなかった」とか「傷ついた」という経験があったということ。

自由奔放に生きていたら「黙って座っていい子にしなさい」と言われて、そうしないと「認めてもらえない」とか「愛されない」と思って、1歩センターからずれる…という感じ。

でも、人はことあるごとに自分を『センター』に戻そうとする。でも、その戻ろうとする間に今までの経験が耳元でささやく、もしくは怒鳴る…「戻っていいのか?戻ってしまったらどうなるのか忘れちゃったの?」と。「愛されないんだよ」と。

戻さないよう、。軋轢や抑圧、葛藤が生まれ、それが苦しみとなり、抵抗して問題となって現れる。

抵抗しなければ、本来の『自分』に戻れて、楽に「自分らしく」生きることができる。でもね、そうできない『何か』がある。

世界の人75億/75億の気質があり、記憶があり、経験があるから、ひとりひとり見ている世界が違うし、起きる問題も、起こす問題も違えば、同じ事象でもそれが問題になるか否かも違う。

基本的にみんな『ひとり』。誰も同じ世界は見ていない。問題を知ることで、『孤独』がなんなのかを知ることができるし、『孤独』だからこそ、人とのつながりを求めることができるんだよね。

今その問題に向き合う時なのか?

すべての問題は『自作自演』ときいて「ほっーーーそうなのか!合点がいった!」と思えれば、それは問題解決の選択肢のひとつとして邁進していけると思う。それはすばらしいことだ。

だけれども、なかなかそうはいかない。

そうはいかないのには理由がある。

だれだって「自分らしく」生きたいと願っている。それはきっと間違いない。だけれども、過去や経験がそうはさせてくれない。

だからね、もしあなたが…

全ての問題は『自作自演』ということは、あれもこれも私が起こしたってことなの?!(怒)

とか

全ての問題は『自作自演』ってことは、やっぱり私が悪いんだ…(泣)

という反応なのであれば、アプローチを変えた方がいいと思う。一旦「すべての問題は自作自演」を頭の隅に追いやって、まずは戻れないその何かを見つけて癒していく方がいいと思う。

『元の自分というセンター』から離れてしまっている私たちは、感情を感じることを禁止してきた(男の子は泣いちゃダメとか)。そうすると、その感情は処理されず残っていく。

例えば、寂しい思いをした幼少期がある場合、寂しいと感じなくなればいいとマヒさせる。あらゆるネガティブな感情を麻痺させることがある。

抑圧していって心に溜まっていく。なくなったわけではない。だから、あえて寂しさを感じさせる状況を外に作り出して寂しさを感じようとする。寂しさを感じてスッキリさせようとするのが問題という。

例えば、私の場合でいうと(毎度自分の話で…もうやめたい)、結婚してからずっと怒っていた。仲の良い友だちは結婚後の私は「人が変わった」と言っていた。

確かにそれまでの私は「怒り」とは無縁だった。あまり怒るような問題は起きなかったのかもしれないし、過去の経験から「怒ってはいけない」と抑圧してきたのかもしれない。

ただ「怒り」は2次感情なので、その下に本当の感情が眠っているのだけれども。

結婚という人生の分岐点が手伝って、それまで抑圧してきた、麻痺させてきた感情を感じようとして『問題』を次々と起こしていったのだろうなと思う。まぁものの見事にいろんな問題がどんどん勃発したなぁ~。

ただ、今だからこそ腑に落ちるけれども、あの『問題』の真っ只中にいる時に「すべての問題は自作自演ですよ」なんて言われたら、たぶん発狂していたと思う(笑)

痛みが傷がフレッシュな時は、とにかくその痛みや傷を大切にした方がいいと思う。

「すべての問題は自作自演」という問題解決方法の選択肢を提示する時は…かさぶたくらいに癒えたときがいいと思う。

自分がよりよくなるために

問題を起こすということは、自分らしさをを取り戻しすために、自分がよりよくなるために、楽になるために起こしているから、それ自体が悪いものではなく、本来はイキイキと生きやすくするために起こしていると考える。

だから、顕在意識では「望んでいない」けれども、潜在意識のどこかで「望んでいる」ということにならないだろうか。

問題なんて誰だって起こしたくないし、起こされたくはない。

だけどさ、そうは言っても『問題』は起きるから…

「すべての問題は自作自演、だとしたら自分はなぜこの問題を起こして、なにを得たいを思っていたのか、癒されていない痛みはなんだろう?」と考えて見るのもいいんじゃないかなぁと思う。

そうはいっても、自分の痛みなんてよくわかんないよ~が大半だよね。たぶん。

そんな時はカウンセラーに相談してみてくださいね!

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