私はこだわりが多い…のかもしれない。
私のこだわりは、世界の常識ですけどね!!(ゴメンナサイ)
夫は遅刻する。昔っから。仕事は遅刻しない。でも私との約束で遅刻しなかったことはない。
そして、それがかわいらしい待たされ時間ではない。余裕で2時間とか遅刻する。
そして、遅刻もそうだが、ドタキャンも多い。結婚式の日に本気でドタキャンするんじゃないかとドキドキしたくらい。
で、その度に私はマンガのように、片足をどんどんと踏み鳴らし、そのリズムに合わせて手を上下に振り、そしてそのリズムに合わせて言葉を発するという、コントのような怒り方とするらしい。
昨日、久しぶりにこの怒り方をして、夫が大爆笑していた。「なつかしい!!」と言っていた。私も「オウ…確かにひさしぶりにやったな」と思った。
まぁそれはどうでもいい。今日私が言いたいのは、怒りが出てきたら笑いでバランスをとることは非常に有効的だということ。
だから、私のようにコントみたいに怒るのは有効的かもしれない。怒っている自分の姿を客観的に想像するとマジで笑えるし。
なぜ怒るのか?
怒りは感情に蓋をするものと言われる。私たちは小さい頃から『我慢』をしてきた。感情がわーーーーって出てきそうになった時に「我慢しなさい!」と抑え込まれて、それが怒りになる。
では、私はなぜ夫が遅刻したり、ドタキャンしたりすると怒るのか?
怒りは他の感情に蓋をするものってことは、怒りに下には何があるのか?
うーーーん…。
大切にされていない。
心配の気持ち。
嫌いなのかも?という疑い。
やっぱり私は誰からも愛されないという失望感。
こんな感じかな?
そんだったらそう言えばいいのに、それはしない。ただ怒る。「な・ん・で・ち・こ・く・するのよーーーーーーーー!!!」と。
すると夫も「なんで怒るんだよーーーーーー!」と逆ギレする。
申し訳ないというネガティブな感情は感じたくないし、抑え込むから怒るよね。
で、始まります!!
どっちが悪いか競争!!
私が被害者であんたが加害者!!
まぁ…楽しくもないし、元々の目的も全く見失っている。
では、元々の目的はなんだったんだろう?
デートの約束だったら「二人で楽しむ」のが目的だったし、
そもそも人生の目的は「幸せになる」なのではないだろうか。
遅刻したとしてもまだ「二人で楽しむ」という目的は達成できるのに、その前に放棄してしまっているよね。まったく人の感情というものは厄介なものだね。
正しさの競争をしても、自分の常識を押し通しても、それが幸せにつながっているのだろうか?
おならをプーーーーっとする
いつの頃からか、夫は正しさの競争からさっさと降りるようになっていた。最近気づいたのだけれど。
よく私が怒り始めると、夫はおならをプーーーーっとする。バカにされているようで腹立たしかった。喧嘩をふっかけているのに、勝手に降りてんじゃないよ!!と思っていた。
あんたが怒らせているんだから、あんたがどうにかするべきだろうと…。
そう!!思いっきり他人軸。夫軸。夫がどうにかしくれないと私の機嫌は直らない。自分の感情を人に任せていた。
そうじゃないんだよね~。自分のご機嫌は自分でとらなきゃね。そんな時に必要なのは『笑い』だったり、『ユーモア」だったりする。
品がない我が家だから、おならプーーーーがちょうどいいのかもしれない。
もうちょっと品のいいユーモアがあったら是非教えてくださいね~。
そもそも遅刻されてもドタキャンされても…「ほらやっぱり私は愛されない…わけねーかぁ W」と笑い飛ばせるくらいの自己肯定感が欲しいところだわね!