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子どもが勉強しない、勉強できないことにイライラするのはなんで?

「ねぇ、はるさん。うちの子、言わないと勉強しないんだけど、どうしたら勉強するようになる? どうしたらいいの?」

と、ママ友になぜか”よく”訊かれる。

ん?なんでそれを私に訊く?と不思議になる。なぜならうちの子は特段成績がいいとか、よく勉強するとかないから。むしろどこまでも自由な男だ。

でも、なぜか知らんが宿題はやる。なので「宿題やりなさい」とか「勉強しなさい」とか言ったことがない。

たぶん成績は普通。いや、普通じゃないかもしれない。時々面白回答があって楽しい。例えばこれ↓(長男よ、晒してスマン)

犬用?犬よう…見ちゃいけない…?

あああああ!!太ようね!太陽ね!惜しい!!

大爆笑!!そして家族でシェア!!長男人気者!!

さて、ここで問題です。

自分の子がこういう回答をしたらあなたはどうしますか?

笑いますか?
怒りますか?
心配になりますか?
もっと勉強させなきゃって思いますか?

因みに長男は0点も取ってきます。しかも白紙ならともかく、全部解答が書いてあるのに0点。逆にすごい。

「なんで、はるさんは自分の子が勉強できないのに平気な顔をしているの? 本当は全部嘘で長男くんはすごい勉強ができるんじゃないの? だからそんな涼しい顔をしているんじゃないの?」

と言われたこともある。この世で生きていくには「お勉強はできないといけない」ものらしい。

子どもが心配なのは愛情からだよね

ちょっと前に、またママ友に「うちの子勉強ができないんだけど、どうしたらいい?」と訊かれたので、(だからなぜ私に訊くのだ?)

「学校のお勉強ができないとどうなっちゃうんだろうね?」と答えたら、切羽詰まった声で叫びに近い声で言ってきた。

「だって!勉強ができなかったら高校にも行けなくなって、大学にも行けなくて、仕事にも就けなくなっちゃってお金だって稼げないんだよ!!そうなったらどうするの!!」

と。

驚くくらい切羽詰まっていた。

ごめん…こんなこと言うのはなんだけど、まだあなたの息子さん小学3年生だよ?なんでそんなになっちゃった?
私はあなたの息子さんが勉強できるかできないかは知らない(多分よくできる方だと思う)。だけど、今のあなたが心配だ。

そのイライラはなぜ起こる?
そのヒステリックなまでの子どもに対する要望はなぜ?
その自分のイライラにイライラしちゃっていない?
それでも尚、子どもをどうにかしたいと思っちゃうのはなんでかな?

それは誰のことだろう?

あれもできない、これもできない。なんにもできない。だから将来が心配。どうにかして『真っ当』に生きていってほしい。だからやっぱり『人並』に勉強もできるようになってほしいし、いい大学に行ってほしい。

うん、わかる。そうだよね。『一般的』なこういうルートを通った方がいいかもしれない。選択肢を増やすこともできるかもしれない。

でもね、

できないことばかり見ていたら、できることが見えなくなっちゃわないかな?

見たいものだけ見ていて、見えているものを見落としてはいないかな?

人間だれでも、自分が見てきたもの、聞いてきたもので判断する。

「ああすればうまくいく。だって私がそうだったから」
「こうすれば愛される。だって私ができなくて愛されなかったから」

いずれにしても、自分の経験から判断する。もちろん悪いことじゃない。危機回避にもつながるし、経験がものを言うことも多い。

だけど、そこで引っかかってくるのが「思い込み」だね。

「こうしたらこうなるに決まっている」という思い込み。うまくいったら「たまたまだよ」、失敗したら「ほらね、やっぱり失敗した」と思う。見たいものだけ見ている。

あまり結果は関係ない。思い込みにすりよって生きている。

でも、それって誰の経験だろう?

そう、あなたの経験。あなたの子どものじゃない。

あなたと、あなたの子どもは同一人物じゃない。あなたはあなた。子どもは子ども。

とにかくイライラするときは

それでもやっぱり勉強しない子どもにイライラするし、できない子どもにもイライラする。

そして、時には怒鳴ってしまったり、否定的な言葉を言ってしまって落ち込んだり、罪悪感を持ったりする。

でもさ、しょうがないよね~イライラしちゃうんだから。どうしても期待しちゃうんだから。

でも、それはこちらの勝手な都合だと思ってみてはどうだろう。

実際、勝手な都合だし、勝手な期待なんだよね。

子どもを変えることはできません。子ども自身が変わらないと変わりません。

ちょっと切り離して考えてみましょう。

私は私。子どもは子ども。

イライラが解消されないなら、誰もいない部屋に籠って怒鳴り散らすでもいいし、大きな声で歌を歌うでもいいし、暴れまくるとか踊りまくるとかでもいいと思う。

因みに私はよくやります。最早子どもたちにとっては日常茶飯事らしくさほど興味も持ってもらえません。

あなたのことだよ

自分自身に禁止していること、許さないことを子どもがすると頭にくる。。

「なんで私は○○なのに、そんなことするのよ!!」という自分自身を抑圧していることを目の前でやられると腹が立つ。

なんでも苦労して、がんばってがんばってやらないとダメなのに、子どもは適当にやっているように見える。

1番じゃなきゃ意味がないのに、子どもは1番じゃない。

ちゃんとしなきゃいけないのに、子どもはちゃんとしない。

子どものことでイライラしているようで、実際は「自分自身にイライラしている」ことが多い。「自分自身が許せない」人が多い。

「苦労して、がんばってできない自分がダメ」
「1番になれない自分はダメ」
「ちゃんとできない自分はダメ」

こういうことをできない自分は誰からも愛されないし、認められないから、許せない。
それができない私は「価値がない」し、「人に認められない」と思っているからイライラしているじゃないかな。

まずは自分自身を許すことから始めてみてはどうだろう?

「まぁがんばれなくてもいいよね」
「1番じゃなくてもよくやっているよ」
「ちゃんとできない時もあるよね~」

ってな具合に。

「そんなことで私の価値は下がらないし、なくならない」と。

大丈夫。あなたはいまそこにいるだけで価値があるんだから。どうにかならなくても大丈夫。

因みに私は高校受験の時に「行ける高校がない」「偏差値が出ない」と言われるくらい成績がヤバかったんだよ~(笑) それでも手放しで「今、幸せです」と言えるのはなんでだと思う?(^_-)-☆

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