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見たいものを見て聞きたいこと聞くのが人の脳というものだ

もじゃもじゃ頭のカウンセラー 山本春野です。どうぞお見知りおきを。

 

RAS(Reticular Activating System:ラス)=網様体賦活系(もうようたいふかつけい)

私たちの脳の仕組み。簡単に言えば「見たいものだけ見る」ということ。人間興味のあるものは目に入ってくるもので、目の機能としてはそこにあるもの全体が見えて、それが映像として脳に送られている筈なのに、私と隣にいる人では見ているものも違うし、記憶されるものも違う。

あたりまえのようで、忘れがちな事実。

私が「おおおお~本当にそうだ!!」と思ったのが、自分が妊娠したら「この世に妊婦さんってこんなにいるんだ」と思い、子が生まれたら「日本が少子化なんて嘘に決まっている」と思うくらい子どもばかりが目に入った。

こういう物理的なこともそうだが、情報も一緒。

「この世は偽善で溢れている」と思えばそういう情報ばかりが目に入るし、「この世は愛で溢れている」と思えば、愛のある言葉や行動ばかりが目に入り、脳にインプットされる。

基本的に、人間の脳というものはほとんどが『潜在意識』や『無意識』でできており、『顕在意識』つなわち『思考』で行動していることは全体の3%だか1%だかしかないと言われている。

今私がタイピングをしていて「あ~まず親指をここにおいて…中指と人差し指を…同時に30度くらい傾けて…」なんて考えながら動かしていない。私はタイピングが超絶速いので、ほとんどが無意識で打っている。

ね、ほとんどが無意識でしょ。

だからね、『見たいもの』と言っても、「考えて、見たいと思っている」ものじゃなくて、ほとんどが、潜在意識か無意識下で、見たいものを割り振っているということになる。

この世界は自分で作っている

そうなると、やっぱりこの世界は自分で作っているということになる。

そんなことはない、ほとんどが不可抗力だよと思うのも無理はない。

生まれる家は選べない。
生まれ持った能力だって選べない。
起きる事象だって選べない。

じゃぁなにかい? 結婚してすぐ舅が脳梗塞で倒れて、辛い自宅介護になったのも、私がつくった世界なのかい?
旦那が暴言吐いている毎日も私が作っているのかい?
見る視点を変えれば、この世界が変わるって言うのかい?
いきなり舅がすたすた歩きだすという奇跡が起きんの?起きないよね?
視点を変えれば、旦那が突然優しくなったりするわけ?ならないよね?

変わんないよね??ねっ? どうやって変わるんのか教えて欲しいわ!!!

と、キレる気持ちはよくわかる。よくわかる。

じっとこらえて、この状況が過ぎ去るのを待つしかないと思うのも無理はない。
起きている現実を変えられるなんてありえないと思うのもあたりまえ。

「変わんないよね?」と思っているってことは「変わりたくない」と思っていることだと思う。(きつい言い方だったらごめんなさい)

それは誰の責任でもなく、それを選ばざるを得ない今まで経験や痛みや傷があるということだから、それはそれで大切にしていいと思う。

『今まで』が私たちを形成していることは間違いがなく、それを否定することはしなくていい。ただその痛みや傷を癒すことはできるはず。

その痛みや傷は消えることはない。消す必要もないと思う。ただそれを大切にしつつ、これからの未来にどう作っていきたいかだと思う。

変わりたいのであれば、そういう世界が見えてくるし、
脱したいのであれば、その方法が目に入ってくるはず。

頭で考えるのではなく、感情に訊いていくと、おのずと脳はそれに反応する。

世界が変わる。パラレルワールドの扉が開く。それはほんの少しのきっかけで。

見ている世界がまるで違った

かつて働いていた会社でこんなことがあった。

事務所内で、営業さんと社長が話しているのを、私ともう一人の事務員の○○さんが聞いていた。私たちは話に入っていたわけではなく、聞くともなしに聞いていた。

話が終わって、営業さんと社長が席をはずした途端、○○さんが話しかけてきてこういった。

「社長すごい怒っていたね」と。

私は「????」と思った。社長が怒っているようには全く見えなかったし、口調も普通だった。多少の注意も入っていたかもしれないが、あれで怒っているとなったら、社長は常に『怒っている人』となる。

また他のシーンでも同じようなことがあった。私がしていた業務はいわゆる『締め』があって、とある営業さんがこの『締め』を忘れるということがよくあった。だから『締め』のたびにこの営業さんにだけ声をかけていた。なんともないことだった。

でも、ある時、別の事務員さんからこう言われた「春野さん、いつも締めの時イライラして「早く出してください!!」って怒っているって、○○さんが言っていましたよ」と。

私「?????」怒ったこともないし、声かける時にそんなきつい口調で言っていたわけでもないし、その営業さんともとても仲が良かったし、『締め』忘れたって大したことないから、そんなにイライラしたこともない。

この○○さんが見ている世界は、いつでも「怒り」に満ち溢れている世界なんだなと思った。(投影かもね)

それは私にはどうすることもできないし、変えることもできないんだけど…まぁそういうことだ。

もちろん100人いたら100人が「この人は怒っている」ということももちろんある。でも、そのシーンを見て、どこに着目するかは…その見ている人が決めることだ。

その選択肢は、自分で作る。

誰かに選択肢を作ってもらうわけでもないし、作った選択肢からどれを選ぶのかも自分次第で自分の権利。

だれかにその権利を明け渡してはいないか?

あっちが変わらないとどうしようもない。
状況のせいでこうなっているからどうしようもない。

と諦めてはいないだろうか?

選択肢を全部こっちに移してみてはいかがでしょうか?

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今、目の前にある問題を紙に書いてみましょう。

問題解決に向けて、今あなたができることの選択を、なるべく多く書いていってみましょう。
※できるか、できないかは考えないようにします。

その選択は「恐れ」から出ているか、「愛」から出ているかを、振り分けましょう。

幸せビジョンを描いて、幸せの選択はどれかを感情を訊きながら選んでみてください。

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