夫が「ユダヤ商法」について熱く語って来た。結構面白いなと思って最初は熱心にきいていたけれど、話が長いので30分くらいで飽きてしまった。ごめんなさい。
人を長い時間ただ話すだけで楽しませるって本当に大変なことだなと考えながら「22:78の宇宙法則っていうのは~」という話を聞いていた。
最終的には「かさま(私のこと)株とか投資やりなよ。ユダヤ商法使えばきっと上手くいくよ!」と。
うん、そうだね…その前に株にも投資にも全く興味がわかない(ニッコリ)。と答えておいた。
さて、今日はミニ講座(90分)の準備をしていて、エゴの声との付き合いがうまくなったなとシミジミ思った話です。
エゴの声は破壊的、本来の自分の声は建設的。
エゴの声は怖れに基づく、本来の自分の声は、愛に基づく。
そうやって、ひとつずつ丁寧に分けていったら、結構エゴの声と「あ~どうも~」という感じに付き合えるようになる。
前回の講座チャレンジの時はエゴの声に負けた
2か月前に、ミニ講座のチャレンジをした。一般公開ではなく限定公開なので、見ているのは身内ばかりでそんなに緊張するものではないという割り切りで、チャレンジしてみた。
ところがどっこい、エゴの声がうるさいうるさいうるさい……。
バカがばれるぞ。
それは間違っている。
みんな優しいから、笑って聞いてくれるだろうけど本当はどうかね?
他の講師はみんなすごいよね~。それに比べてあんたは…
準備段階からそれはそれはひどいもので…エゴの声は大きい。とてつもなく大きい。怒鳴り散らす。
最初は「やれそうだ~♪」と楽しかったのに、どんどんどんどん落ちていく。
やっぱりやめときゃよかった。
なんでやるって言っちゃったんだろう。
やったとしてもきっとひどいものに違いない。
恥かくの嫌だな…。
となり、あげくの果てには「コロナひどくなって東京に行かれないことにならないかな」とか「台風で電気止まって、電車止まんないかな」まで悶々と考えるようになった。
潔く「やっぱりやめます!」って言おうかな…とも思った。
仲間に連絡して、励ましてもらって、ちょっと浮上するんだけど、まだうるさいエゴの声に支配されてしまう。
そして前日。台風も大したことなく、コロナも特に問題なく、子どもたちも熱も出さず…。そして結局、資料もできず、話す内容も尻切れトンボで…貧血で倒れた(笑)
当日は、生来の能天気さと楽天さがわが身を救い、なんとかやり終えた…。(講座の途中でもエゴの声がひどかった)
はたから見たら「え~ちゃんとやってたよ~」と言われたから、まぁ何とかやったのだとは思う。
そこで私は自分のエゴの声の発生元を洗い出し「誰の声か」を検証し、「思い込み」と『事実」とに振り分け、いろんな人に話を聞き、エゴの声と仲良くすることにした。
エゴの声ってなに?
そもそもエゴの声とはなにかというと…
今までのたくさんの経験の中で培われた「自分が傷つかないため」の防衛本能装置のようなもの。
人前で話しをたら笑われた経験があれば「また笑われるかもよ」と言うし、
一度でも認められなかったという経験があれば「そんなことしても認められないんだからやめれば?」と言って来たりする。
それをやらなかったり、やったりすることで、過去の膨大なデータから、恐れに基づいて「やるやらない」の判断をするのがエゴの声。
でも、本当だったら「やりたい自分」とか、本当の自分の声があって、そっちに従った方がいいことは感覚でわかっているんだけれど、その声はとても小さい。
こんな感じにせめぎ合っているようで、本当の自分の声が聞こえづらい。
エゴの声と本来の声の見分け方
まずは、声が聞こえ始めたら…って書いたけど、ほんとに会話形式のように聞こえるわけではないと思う(私の場合は聞こえるけど…。元々幻聴気質)。
複雑で混乱させる。攻撃的、批判的になる。分離を引き起こす。正しさと特別にこだわる。恐れに基づいている。気遣いじゃない心配をする。論理的に責める。恐れにつながる提案をする。不安定にさせる。安全とは離れることと言う。不自由で選択権を与えない。自分のことだけ考える。人を信じさせないようにする。有限と言う考え方をする。
シンプルな考え方。信頼しようとする。対等な考え方。どう生きるかにつながる。無限という考え方をする。建設的な考え方をする。愛に基づく考え方をする。安全とはつながることと言う。自由な選択権がある。他者とのつながりを感じる。
そもそも、エゴの声は防衛本能なわけだから、あってしかるべきだと思う。なので、扱いは「いつも心配してくれてありがとうね~」ということになる。
それでも『エゴの声』に支配されてしまう時はある。まぁ免疫下がっている時に風邪ひいちゃったみたいなもんだろうね。
日々、元気な時に自己肯定感をあげておいて、落ちた時はゆっくり休めばいいと思う。
そうも言ってらんねぇ!!って時は…『期間限定頑張る時』と称して、頑張る機嫌を決めておけばいい。
どこまで頑張ればいいの?という拷問的なやつは…もう年も年だし、やめておこう。
「あなたはどうしたいの?」と訊かれた時に「わからない」と答えるしかないときは、エゴの声が大きすぎるのだと思う。
本当はちゃんと知っているはず「自分がどうしたいか」は。
沈めて蓋して釘を打ち付けて閉じ込めた自分からの声は、遠くて聞こえないよね。
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