夫婦関係

夫婦関係が改善したのは夫が変わったのではなく、私が変わったのでもない

私はよく物を無くしたり、忘れたりする。本当にひどい。最近ではそういう人を見つけると、ADHD?とか言われたりもするらしいけど、調べたことがないから知らない。

そうであってもなくても私はさほど困っていないから構わない(周りは構うかもしれないけれど)

で、長男が生まれた時に買ったビデオカメラが見当たらない。最後に使ったのは次男の卒園式の時。夫がビデオを撮っていたんだけど、メモリがなくなったとかで結局撮れなかった。

そう、もう半年も前の話。

先日、外付けHDDを買ったので、メモリがいっぱいになってしまったビデオカメラのデータを移そうとビデオカメラを探したところ…ない。

あ~困ったな~。なかったら悲しいな~とぶつくさ言う私。

で、何の気なしに「最後に使ったのは卒園式の時だよね?夫さんが使っていたよね?」と事実確認をした。

そしたら、何度も繰り返して言うのだ。

「オレは知らない。オレはあなたに渡した」と。

ああ、そうだっけね? 私忘れちゃうんだよね。あ~どこ行ったんだろう~と返すも、何度も繰り返し言う。「オレじゃない」と。

あまりに繰り返すので、「別に責めてないし、あなたが無くしたなんて言っていない。あなたがモノを無くしたこととは今までないじゃないか。だから疑ってもいない」

と、言った後でふと思った。なんでこんなことで夫は「自分が責められている」と思うのだろうと。

それは、もちろん過去からの投影だろうね。

そんなに今まで私…夫のこと責めていたのか?

はい、責めていました(笑)

いろいろ募り募って「郵便ポストが赤いのも夫のせい」って思うレベルだったと思う。

お互いさまでもあり、責めることが必然的に「あんたは役立たず!」と真正面から言っていたんだろうね。

ホントにごめんなさい。男のプライドをずたずたにしていたことは今になって反省しています。少しだけだけど。

男性心理としては…

恐れや不安から起こす行動や言動はいい方向には向かっていない。

でも、そうやって言ったりやったりすることも恐れが100で愛が0であるということはあまりないと思う。

割合の問題なんだよね。その愛の割合にはあとになって気づいても遅くないと思う。(と自分に言い聞かせている)

不安ばかりで始まった結婚生活だったけれど、不安度がグンと上がったのはいわずもがな、舅の介護だっただろう。

介護をするのは不安だったけれど、それでも強気な私は「やってやろうじゃないか!」という気合もあった。ハードワークも好きだった。

そこにはたぶん「夫のために何かをしたい」という思いも少なからずあった。二人でこの問題を乗り越えて行こう!という気概もあった。

でもそこには自分の価値感と、相手に対する期待もあった。ちょっとした依存心もあった。

そしてその価値観のずれと、期待の裏切りが、徐々に自立を高めていって「どうせ私なんて!!」という思いに至った。

そこで残念なことに私には体力があった、経済力もあった。

私がやればいいんでしょ!!という思いもあったけれど、そこまで強くない(と思い込んでいた。もしくはそう思いたかった)夫に精神的負担も、経済的負担もかけたくないとも思った。

傲慢ともいえる。でもそこには少しの愛はあると思う。

不安があったんだと思う。自分はこれでいいのか?これで愛されるのか?という自己肯定感の低さも相まって「全部私がやればいいんでしょ!」という思い。

で、「夫なんていなくてもやっていける」と思い込もうとし、「そしてそう思わせたのは夫だ!夫のせいだ」と責めまくったのだろう。

「あいつ、何もしねーんだから、役立たずなんだよ!」「なんだよ、いつも偉そうにして!」「あたし一人で頑張らなきゃいけないんだよ!」「あたしだって我慢してるんだし、頑張ってるんだし!」「いつも気を使ってるのはあたしの方だよ」

とどんどん痛みの塔に登って行ったんだろうな。

夫は常に「責められている」と感じていたんだろう。

夫婦は鏡。そうやって私が復讐してやる!!と息巻いていた頃、夫はどう思っていたんだろう。同じように思っていたのかな。

きっと頼られたかっただろうし、役に立ちたかっただろうし、感謝もしたかっただろうけれど、何一つ私には受け取るつもりもなかった。

あなたはどうでしょうか?

相変わらずの自分語りをしてしまったけれど、この記事に辿りついたあなたはどうでしょう?

夫さんを頼っている?
役立たず! なんで○○してくれないの? と責めていない?

あっちのせいだ!も
私のせいだ!も
結局は同じこと。

「幸せになりたい」と思っているってことは、今幸せじゃないってことだよね。

幸せじゃないと思っているってことは、幸せじゃないことを引き寄せてしまう。

だったら、「今、幸せである」ということに気づいてもいいと思う。

起きている事象を画一的な見方だけしていてはもったいない。

無理に感謝をする必要はないけれど、こういう感謝もあるなと思ってみるのもいいかも。

○ 私がやってみてよかったワーク

以下のことを書き出してみる

○ 結婚してから、私が夫のためにがんばったこと
○ 結婚してから、夫が私たちのためにしてくれたこと
○ 私が我慢してきたこと
○ 夫が我慢していたんじゃないか?と思うこと
○ 私が夫にしてあげたったこと
○ 夫にしてもらいたかったこと
○ 夫に感謝できること

長年、夫に感謝できることは「ゴミ出しをしてくれる」しか出て来なったけど、自分自身を掘っていくことで、感謝できることは増えて来たかな。

私のためにお金を使うことを我慢してきたけれど、それを思いきってやったことも大きな変化だったかな。

夫は自由で自分の好きなことを全部やっていると思い込んでいたけど、いざ書き出してみると、そんなことはないんだよね。

なんでも思い込みかもしれないなぁ。

「幸せになりたい」じゃなくて、「今までも幸せだった」ことに気づくのもいいもんだよ。で「私は幸せになる」というコミットメントを『今』するのもいいかもしれないね。

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