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えこひいきされたい。特別扱いされたいと思うのは…そりゃそうだよね。

えこひいきという言葉はなんとなくネガティブな響きがある。公平でない。平等ではない。よくないこと。みんな公平であるべきと多くの人が思っている。

でもね~。世の中生まれついた時点ですべて不公平で不平等なのですよ。それはだれもまぬがれない。

不公平で不平等であるからこそ、人は特別扱いを望む。えこひいきされたい。あたりまえ。

特に子どもはそう思っている。大人だって同じ。だれかが特別扱いされているように思えるとその人に嫉妬したりね。

じゃあ平等がいいのか?

人は平等で”あるべき”と考えがち。そりゃ平等であったら、すべてが公平であったらいいにこしたことはない。でも、そんなことはあり得ない。それはたぶんみんなわかっている。

それでも、”あるべき”と考える私たちはどうしても窒息しそうになる。

だって、この世は不平等だから。平等なんてありえないから。人は平等によって生きることはできないから。

「みんな同じでなければならない」という強迫観念がどれだけ私たちの心をむしばんでいるかわからない。

平等主義が理想となるところでは「すべての人は違うし、違ってもいい」という自由が苦しくなっていくもんだ。

違う体型をしているのに、同じサイズの服を着せられているようなもの。そんなの苦しいに決まっている。でもそのサイズの合っていない服を脱ぐことは許されないと思い込んでいる。

人は「同じ服を着るべし」という平等によって生きるものではなくて、愛によって生きるもの。(愛って書くとなんかクサイなる気がしちゃうけどこれとても重要)

愛の特徴はえこひいきや特別扱いに思える偏愛を含んでいること。平等が「同じサイズの服を着せる」危険性があるように、愛は「盲目的なえこひいき」になる危険性があるんだよね。

子どもに与えたいのは…

子どもは親に「公平」を求めると同時に特別扱いを求めるもの。子どもたちは公平に扱われるだけじゃ満足しないで、それぞれを「特別扱い」にしてあげないとその心に不安を抱えてしまう。

「自分は特別にされているんだ」という思いが心を安定させる。でもそれは「比較の特別」ではない。いわゆる「相対的」ではない。

お兄ちゃんよりできる。
クラスで一番できる。
あの子より愛されている。

誰かがそこにいて、それに比べていいか悪いか。特に兄弟間でそれがあると、兄弟同士で敵意を生む。

じゃあどうすればいいのよ。ってことなんだけど、ここは『相対的』ではなく『絶対的』に選ばれた存在だということを伝えること。

オレかわいかった?と訊く長男

長男は時々こう訊いてくる。

赤ちゃんの頃、オレかわいかった?

もちろんこう答える。

かかの頭がおかしくなったかと思うほどかわいかった。もうねこの世にこんなかわいい子がいるなんて信じられないくらいに
次男よりかわいかった?
次男もかわいかったし、長男もかわいかった。かかの子になってくれてありがとう。君はわたしの特別だ

とてもうれしそうな顔をする。あなたは特別な存在なのだ。だれかと比べることもできないほどに。「あなたが選んだんじゃない。私が選んだんだと」言葉にして伝えている。

あなたもだよ

みんな誰かの子ども。もしかしたら幼い頃に自分の親に「特別扱い」をしてもらえなかった思いがあるかもしれない。

それでも、それは「言葉」で伝えられなかっただけなんだよね。簡単に言葉に変えられるような思いじゃなかったのかもしれない。

あなたも、あなたの子どもも、そのまた子どももみんな特別。「選ばれた存在なんだ」と気づいてほしいなぁと思っている。

みんながそれに気がついて幸せになりますように!

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