夫婦関係

感情の記憶はふとした時に再燃する。今の心が穏やかであったとしても

結婚してからずっと『怒り』をエネルギーとして生活してきた。今思い出してもかなりのハードワークをしていたとは思うけれど、それでもなんとか回してこられたのは、義父と夫に対しての『怒り』のパワーだったんだと思う。

なんだかんだで、『怒り』のエネルギーを『愛』のエネルギーに変換している途中であるが、この『怒り』のエネルギーが再燃するときがある。

それは『あの頃』の怒りポイントだった事象が、『今』起きると、今だったらなんの問題もなく対応できるのだが、『あの頃の怒り』が沸々と沸き起こり、思い出し怒りしてしまう。

面白いもんで、『今』夫はなにも気に障ることはしていないのに、嫌味を言いたくなったり、「あの時~」とウラミツラミを言いたくなる。あの頃の心情に戻ってしまう現象。

そういう事象も今必要だから起きているとなんとなく俯瞰できるようにもなっている自分に万歳。きっと手放しのひとつなのではないかな?と思っている。

37.5°の涙

昨日の晩、長男の具合が悪くなった。どうしても子どもの調子が悪くなると「心配」もあるのだけれど、気持ちがざらざらしてしまう。これは長年の「子どもが熱を出したら仕事を休まなければならない」というプレッシャーから来ていることは分かっている。

夫は子どもの具合が悪くても絶対に仕事を休んでくれることはなかった。何度お願いしても「無理」の一言だった。だから私がいつも仕事を休んでいた。

会社は「いいよいいよ」と言ってくれていたが、さすがに多いと「また?」と悪気なく言ってきたし、同僚の女性たちは少女漫画に出てきそうな嫌味を言ってきたりした。それも嫌だった。

だから子どもが熱を出すと、心臓がぎゅーーーっとなってイラついてしまう。子どもたちにはなんの罪もないし、むしろ大切に扱ってあげなければならない時なのに、今思うととってもひどいことをしてきたなという罪悪感はひどい。

あの頃のあの思いが湧いてきて、本気で心臓がどきどきする。

今は、仕事を辞めて在宅しているので、別になんのプレッシャーもなく、どんどん休んでいいし、罪悪感もないし、気が済むまで子どもの横で昼寝していたっていい。

なのに…イラついてしまった。自分でも驚くくらいイラついて声を荒げてしまった。

「具合悪いのにゲームなんてしないで!!!」と。怒ってからびっくりした。そんなこと大声で言うことでもない。普通に言えばいいのに、なんでこんなにイラつくんだろう?と。

そう、あの頃のプレッシャーが『パブロフの犬の原理』で沸き起こってしまったのだろう。

子どもが熱を出す
夫が協力してくれない
会社に連絡「またか」と言う反応
同僚の嫌味
結局家で仕事をする羽目になるイライラ
子どもにやさしくできない私

こういうあの頃の感情が一気に押し寄せるんだよね。癒されてないわ~。

それでもやっぱり今ここにいるということは

あの事象があって、心の動きがあって、そして今ここにいる。それは間違いない。

あのイライラが嫌で、これ以上罪悪感を募らせたくなくて、どうしても我慢や取引をしてしまう自分がイヤで、子どもが犠牲になっているような気がして、すべて夫のせいにしている気がして、そうじゃないということもわかっていて。

そんなごちゃごちゃをひとつひとつ解いてきた。解けるだろうという糸口も見つけたし、それを丁寧に処理しているのもわかっている。

だけど、こんなにも簡単に引き戻されるんだなと、ある意味、感慨深い。

人の心のメカニズムって面白いね。ほんの小さなトリガーであっという間に引き戻されて、元通りになってしまう。

わかっちゃいるけどやめられない~♪ってことだね。

理屈だけじゃない。カウンセラーになにを言われても、その時は納得しても、そう簡単に心をコントロールすることなんかできやしない。そんなのわかっている。

それでも、やっぱり楽になりたい。幸せになりたい。そう思い続けるだけでもいいと思う。

それだけはぎゅっと抱きしめて離さないでおこう。
取り乱してしまっても、それは離さないでおこう。

カウンセリングは『固く閉じた蓋を開けるもの』と言われている。開かない蓋を叩いてみたり、瓶を温めたり、道具を使ってみたり、何人もの人に頼んでみたりしながら、少しずつ開けていくもの。1回で開くものでもないし、ほったらかしにしたらまた錆びついて空きづらくなることもあるだろう。

そうやって、地道にゆっくりと、でも根気強く開けていくものなんだから。

山本春野のカウンセリングメニューはこちら

カウンセリングメニューこちらから
 カウンセリングメニュー